「裁判しないで解決」する建設業・不動産業を多く扱う
渋谷の弁護士吉田悌一郎

【不惑にほど遠い?】迷ってばかりの40代

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40歳になったとき、

もう若くないんだし、

これからは平穏な人生後半戦を

送ろう、とか思っていました。

 

 

しかし、

現実はどうだったのか?

 

 

はっきり言って今の時代、

40歳そこそこで「不惑」とかは

ムリな話です(^ ^)

 

 

 

(今夜は飲もうか、どうしようか、「迷う」)

 

<毎日更新634日目>

どうする家康

NHK大河ドラマの「どうする家康」

が人気ですね。

 

 

私、普段はドラマとかまず見ないし、

NHK大河ドラマなんか見たのはそれこそ、

何十年ぶりか?

 

 

でも先日、

ちょっと家族に付き合って

「どうする家康」を見てみました。

 

 

まぁ面白いけど、

歴史好きの私からすると、

ツッコミどころは満載ですね。

 

 

ちょっと古い話になりますけれども、

私にとって徳川家康といえば、

なんと言っても昔NHKの大河ドラマで

やっていた山岡荘八原作の「徳川家康」

 

 

当時小学校4年生だった私は、

毎週日曜日夜8時にこの「徳川家康」

を見るのが大の楽しみでした。

 

 

まさにこの番組は、

それまで勉強には全く興味の

持てない子どもだった私が、

歴史が好きになったきっかけに

なりました。

 

 

大人になっても、

20代の頃に、レンタルビデオで

全編を借りて見直したほどです(笑)

 

 

なので、

私にとってのこの時代の歴史観は、

山岡荘八の「徳川家康」の影響を

色濃く受けています。

 

 

幼少期から隣の大国に人質に取られて

苦労して育ち、その後若くして

「東海道一の弓取り」と呼ばれた徳川家康が、

若い頃あんなにヘタレだったはずはない、

とかそんな風に感じてしまいます。

 

 

私にとっての徳川家康は、

あの凛々しい滝田栄であり、

織田信長は役所広司でなければ

ならないのです(古い話でゴメンね)

 

 

さて、

家康と同盟を組んでいた織田信長は、

家臣の明智光秀の謀反にあい、

天下統一なかばで49歳の生涯を終えます。

 

 

そう、49歳といえば、

今の私と同い年。

 

 

織田信長は、

「人間50年」という歌を

好んだと言われています。

 

 

まさにこの時代の平均寿命は50歳

くらいだったようです。

 

 

40歳を意味する不惑という

言葉があります。

 

 

40歳になれば、

惑う(まよう)ことがなくなる、

という意味で使われます。

 

 

確かに、

人生50年時代の40歳といえば

、もう人生の8割方終わっている年齢。

 

 

しかし、

今の40歳は???

 

 

 

 

迷ってばかりの40代

今の時代は、

人生100年時代とか言われています。

 

 

人生100年時代の40歳って、

まだ4割くらいしか人生が

終わっていない。

 

 

4割って言ったら、

人生50年時代の20歳、

ハタチですよ!

 

 

ハタチの時って、

皆さん人生迷いまくりじゃ

ありませんでした?

 

 

私はそうでした。

 

 

なので、

今の時代に40歳で迷うなと

言われても、無理があるでしょうね。

 

 

実際、

私はまもなく40代が終わろうと

していますが、40代はまさに

迷走迷走の10年でした。

 

 

私が40歳になったとき、

もうこれからはすっかり「オジサン」だし、

新しいことに手を広げるよりも、

今まで培ってきたことを

じっくり深めて、静かな人生後半戦を

送ろう、とか考えていました。

 

 

ところが・・・

 

 

 

 

 

 

人生は、

 

 

 

 

 

そんなに甘くありませんでした。

 

 

まず42歳で初めて子どもができて、

いいオッサンが育児に翻弄される

日々が始まります。

 

 

また、私が「社会活動」と称して

お金にならないことばかりに没頭して

事務所経営をほったらかし、当然経営は悪化。

 

 

生まれて初めて

 お金がなくなる!

というキャッシュアウトの恐ろしさを

経験しました。

 

 

その時のことを赤裸々に書いた

ブログ記事がコチラ

⏬⏬⏬

 

 

この時の反省から、

初めて「経営」というものを真剣に

勉強するようになりました。

 

 

30代の頃までは、

勉強といえばもっぱら法律の専門分野の

勉強しかしていませんでしたが、

40を過ぎて初めてマーケティングとか、

ブランディングとかいろいろ専門外の

ことを学ぶようになりました。

 

 

お金を払ってセミナーとかに

行き始めたのも40代の後半になってから。

 

 

ただ、そのおかげで、

様々な異業種の仲間がたくさんできました。

 

 

この異業種の仲間たちのおかげで、

それまでのとても狭かった私の視野は、

大変に広がりました。

 

 

そして、

なんと言ってもブログやYouTubeに

真剣に取り組み、情報発信を始めたのも

40代後半になってから。

 

 

飽きっぽい性格の私が、

毎日ブログを書き続けられるなんて、

昔の私には想像もできませんでした。

 

 

そんなこんなで、

とても40を過ぎたら落ち着いて、

なんて人生にはなりませんでした。

 

 

迷って迷って、失敗もたくさんして、

いろいろなことにチャレンジして、

新たな出会いもいっぱいあった、

良くも悪くも刺激的な40代でした(笑)。

 

 

そんなわけで、

私ももうすぐ50代に突入しますが、

まだまだ落ち着きそうにありません(^ ^)

 

 

これからも、

しばらくは迷いに迷いながら、

刺激的でワクワクする人生を

送りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まとめ

というわけで、

今日のポイントは

 

 人生100年時代に、40歳で不惑はムリ! 迷って迷って迷いまくれ!

ということです。

 

 

ところで、

人生100年時代ともなれば、

昔の価値観をそのまま引きずって

いても面白くない。

 

 

新しい価値観を受け入れて

いかなければダメです。

 

 

なので、

「どうする家康」、

松潤の家康や、岡田くん演じる

織田信長も、大いに楽しんでみようかな、

と思います^ ^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最新動画 

今回は、中小零細企業が押さえておきたい個人情報保護法、というテーマでお話しています。

 

 

 

 

 

 

活動ダイジェスト

昨日は、午前中は自宅で仕事。YouTubeの動画のまとめ撮影などでした。
午後は事務所に出勤して夕方まで仕事。
その後はまた自宅に戻って、息子の保育園のお迎えと、習い事(英会話)の送迎。
夜は、息子と2人だったので、息子のリクエストでキムチチャーハンを作りました。
子どもには少し辛いかなと思いましたが、平気で平らげていました。

ご提供中のメニュー

 

 

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裁判しないで解決する
ノーリスクプロモーター

                               
名前吉田 悌一郎
住まい東京都

Profile

中小零細企業の顧問契約をメインの仕事としています。

中小零細企業が法的トラブルに巻き込まれるのを未然に防止すること、 そして、 情報発信を通じて弁護士の敷居を下げ、中小零細企業にもっと弁護士を利用していただくことを使命として活動しています。

【私のミッション】
中小零細企業の味方であり、中小零細企業のトラブルを「裁判しないで解決すること」をミッションにしています。

中小零細企業のトラブルが、「裁判沙汰」にまで発展すると、経営者の方にかかる時間的・経済的負担が大きく、エネルギーを消耗します。

私は、中小零細企業のトラブルをできる限り未然に防止する、万が一トラブルになっても、それをできるだけ小さいうちに「解決」することで、経営者の方の余計な負担をなくし、本業にエネルギーを傾けていただきたいと考えています。

また、中小零細企業の「お困りごと」に関しては、法律問題という弁護士の職域を超えて、経営コンサルタント(キャッシュフローコーチ)として、経営相談や金融機関融資の支援などを通じて、日本経済を支える中小企業の「お困りごと」全般のお手伝いをすることにも力をいれています。

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